御歌

『明麿近詠集』
救ひの光

(おお)いなる (すくい)御手(みて)(のば)すとも すがるよしなき(めしい)(おお)


『春季大祭御詠』昭和二十九年三月二十三日ー二十七日

 (いず)(かみ) この()閻魔(えんま)(あら)はれて ()(つみ)(さば)(とき)となりける


年代不詳

『御講話』


 どういう形で祖先の罪は子孫へ来るかというと、多く脊髄へ来る。
御自分の犯した罪は外へ来る。頭と脊髄へ来る。これは何か、祖先から子孫へ流れる形は経である。祖先の霊線は頭へ来ている、目の上へ来る。

 よく頭が重いというが、これは祖先が霊界で苦しんでる証拠で、頭へ来てオッかぶさってる訳で、頭へ重荷を負ってる訳である。
首筋から脊髄へ来、よく脊髄カリエスになる。これは罪が直接流れて来て膿になってくる。

 肺など脊髄から膿が出て肺に入るのが非常に多い。
そういう訳であるからして、祖先の罪穢という事によって病気発生し、それにより早く死ぬ。
これが根本原則である。

 霊統というのは、霊線といい霊に線があり、これはたくさんあって、今迄霊的事実にぶつかって霊統というものは争えない事をたくさん経験していますが、よく霊が乗り憑ったり、死霊が崇る事があるが、全然縁もゆかりもない所へはできない。
善いにつけ悪いにつけ、必ず霊統のものに崇ったりなどする。

 どんな方でも、祖先の霊線は何百本、何千本、霊の巣のごとく引かれている、総合されてる。
これは切っても切れない、どうしても繋がってゆく。草木とすれば、種が落ち実がなり、また、種が出来、実がなると……そうなって、何処までもその種の霊統が繋がっている。

 米なら米として、何処までも米は米で、多少の変化はあっても、麦は何処までも麦である。
粟は何処までも粟である。どうしてもそれだけの特色をもって続く。これが何種何億にもなる。

 自分自身は霊線により繋がってる。全然関係なく繋がっているものでない。

 祖先がまるっきり罪なく往生する事もない、滅多にない。
何でそれは証拠立てるかというと、寿命でないのに死ぬ事がある。
何故死ぬかというと、罪の重荷に堪えきれずに死ぬ。病気は全て罪の重荷に堪えきれず死ぬのである。


『地上天国』三号、昭和二十四年四月二十日


妙智の光


お伺い:神は浄化を下し給うてお救い下さる反面、苦痛をも与え給うのは罪業の許しの意味でしょうか、また浄化と関連して死が与えられるという事は如何に考えるべきでありますか。

御垂示:罪業の払拭は苦痛によって行なわれるものと神に縋る事によって楽に済む場合とある。
前者は無信仰者の場合であり、後者は信仰者の場合である。

 神からの救いの綱が下がってもそれを掴む事の出来ない人は罪穢が多すぎ霊体が重くて掴む事が出来ないのである。
しかるにその後浄化のため病気災難などの苦痛が起り、それによって罪が減るから霊が軽くなり、救いの綱へ手が届く事になる。
そのようなわけでいくら良い教えを説いても救いの綱に掴まり得ない人は、その罪の減るまで時期を待つほかはない。そのとき無理に掴ませても落ちてしまう。しかし右の場合、浄霊を受ければ楽に早く浄化される。

 浄霊によっても死ぬのは多くの場合心から神に縋らぬからで、その人の信仰のどこかに不純な点があることが多い。一切を(なげう)って神に縋る人は不治とみらるる病もたいていは助かるものである。
信仰の浅い人は危機の場合迷いが生じやすいのでその途端に神の救いの綱が切れるのである。


『御光話録』発行年月日不明

人間の神様に対する冒涜の罪

お伺い:人間の神に対する冒涜の罪の裁きはどんなものでしょうか。

御垂示:病気とかまたは非常な苦しみです。

お伺い:その場合、病気の症状で判りましょうか。

御垂示:判りますね。一家死に絶える、一人では済まない。神社の大木なんか勝手に切ると酷いですよ。
たいてい一家死に絶えてしまう。
神に対する冒涜の怖ろしさは私も随分体験してます。その中で一番重いのは、つまりね、昔龍神様達を押し込めた罪、押し込めたほうに味方した罪が大変で、今はその裁きの時なんです。今迄の特権階級がそうです。これからは益々大変なんだが、まああまりはっきりは言えません。結局は祖霊の罪になる訳ですね。

お伺い:三毒の中の然毒にはこれが含まれているのでしょうか。

御垂示:いやいや含みません。この裁きに会うとね、つまりわけが判らずに死んでしまう。ここの町会長は一昨日家内が出会った時元気だったんですが、その晩急に死んでしまった。こんなのはそうです。

お伺い:唯物論者なんかは如何でしょう。

御垂示:相当な罪です。今に見てらっしゃい判りますから。あれはサタン……赤い龍が支配しているんです。

お伺い:この前も宗教家と唯物論者がラジオで対談しておりました。

御垂示:ええ私は聞きそこなったですが、私は以前から共産党の赤龍と戦っているんで、今も戦争中です。
今年中にこっちが勝つでしょう。
二〇年前にも共産党の者が私の命を取ろうとして匕首を持ってやって来て、それを畳に突き刺して脅迫しました。そいつは赤龍ですから顔から首まで真っ赤だった。その要求は金銭上の事ではないんですが、それを承知してしまうと私の仕事が出来なくなるようなものでした。
私の仕事の邪魔をしに来たんです。


『御光話録』発行年月日不明

神様を押し込めた罪

お伺い:神を押し込めた罪とは個人的にですか、または人類全体としてでしょうか。

御垂示:大きな意味ですよ。神は世論をもって押し込められたのですから。
主神(すしん)として天御中主大神が()り、次で高御産神、神御産神が現われ(たも)うた。
これで陰陽善悪が出来たのです。以前ある人が「なぜ神は悪をなす人間を作り且つその償いとして苦しみを与えるのか」と訊ねたが「私も作られたのであって想像するだけです。
因果の理によって悪い事をすれば悪い目に遭い、人を幸福にしてやれば自分も幸福になる。
それなら人を助けてやればよいではないか」と言ったのです。まア多少打算的でしょうがね。
しかし最深最奥の処は人間には判らないのです。
ともかく人間の目的は幸福になる事です。だから多くの幸福を人々に与える事です。