『天国の福音』


医学は科学か


 今日何人(なんびと)と雖も、現代医学を以て科学であると信じないものはないであらう。
然し乍ら私は科学ではない……といふのである。

 本来自然科学とはあるがままの自然の実体を掘り下げてその法則を探究し、規準を生みそれによって人類の福祉に貢献する事でなくてはならない。
従而(したがって)毫末(ごうまつ)の独断も自然無視も許さるべきではない。それに就て、その前提として知らねばならない事は、先づ人間と獣類との相違である。科学は人間も獣類も共に動物の範疇に入れてゐるが、その事自体が既に独断以外の何物でもない。()の医科学はモルモットや廿日鼠を研究して、それを人間に当嵌(あては)める事を以て唯一の方法としてゐる。右に就て人間と動物との相違点の種々の面から考へる必要がある。それは殆んど根本的ともいふべき相違である。即ち人間は唯心的であり、動物は唯物的である。例へば宗教、哲学、芸術、恋愛、同情等の精神活動は動物にはない。又唯物的にみても形態、動作、体質、食餌、生活等人間との相違の余りにも著しい事である。彼は(あし)が四本あって尾があり、全身の厚皮、厚毛は勿論言語も嗅覚も聴覚も(すべ)ての違ひさは之以上書く必要はあるまい。

 以上の如くであるから、今日の動物実験は自然科学ではなく自然無視科学である。

 彼のロックフェラー研究所の碩学アレキシス・カレルのノーベル賞を貰った名著「人間と未知なるもの」の要旨を一言にしていへば現代科学は「人間に就ては何も知らない」といふ事である。

 次に私は種々の例を挙げてみよう。

 茲に医家の家族の一員が病気に罹ったとする。
然るに不思議な事には大抵は主人である医家が診療しないで友人等の他の医師に依頼するのは周知の事実である。常識で考へてさへ大切なる家族の生命をして自分の手にかけず他人の手に(まか)せるといふ事は可笑(おか)しな訳である。それは全く自己の医術に自己が信頼出来得ないからであらう。実験上自分が診療するよりも他人に委せた方が結果が良いからである。之に就いては医家として説明はなし得ないであらう。然し私は()う想ふのである。医学は浄化停止法であるから、医療を加へる程病気は悪化する。わが家族である以上熱心に(あた)ふ限りの療法を行ふ。勿論薬剤も高級薬を選ぶであらう。(高級薬ほど薬毒が強烈である)から結果は悪いに決ってゐる。然るに他人に於ては普通の療法を行ふから悪化の程度が少い。それで成績が良いといふ訳である。又医家に於て斯ういふ経験がよくあると聞いてゐる。それは是非治したいと思ふ患者程治り難く、あまり関心を持たない患者は反って治りが良いといふ事である。之等も前者と同様の理に由るのである。

 又少し難病になると医師の診断は区々(まちまち)である。
一人の患者に対し五人の医師が診断する場合、恐らく五人共診断が違ふであらう。之等も科学的基準がないからで、全く非科学的といふも(あえ)侮言(ぶげん)ではあるまい。

 そうして医学の診断及び療法が如何に無力であるかを、実例を以て示してみよう。
それは故帝大名誉教授長与又郎博士の死である。同博士は癌研究に於ては世界的権威とされてゐる。妙な事には同博士は余程前から、『自分は癌で(たお)れる』といはれてゐたそうで、果せる哉死因は癌であった。病中各名国手(こくしゅ)も博士自身も疾病(しっぺい)は肺臓癌と()たのであったが、死後解剖の結果、癌の本原は腸にあって、それが肺臓へも移行したとの事であるから腸癌の方は生前発見されなかったのである。
之によってみると左の結論になる。

一、長与博士程の大家が自身の癌発生を防止し得なかった事。
二、自身の腸癌を発見し得なかった事。
三、博士自身は(もと)より著名の国手多数が腸癌の発見も治癒も不可能であった事。

 今一つの例を挙げてみよう。
有名な故入沢達吉博士の死因は盲腸炎といふ事である。其際各地から恩師の病を知って馳せ参じた博士は無慮百弐拾数名の多きに達したといはれる。之だけ多数の博士が頭脳を絞り、博士自身も苦慮されたであらうが、最も治癒し易い盲腸炎の如きが治癒し得ず死に至った事は、医学の無力を実證して余りありと思ふのである。
其時博士は次の如き和歌を詠んだそうである。

  「()かずとは思へどこれも義理なれば
          人に()ませし薬われ()む」

 そうして医家が診断に臨むや、過去に於ける父母や兄弟姉妹の死因病歴及び患者の病歴等微に入り細に渉って問ひ(ただ)し、それ等を参考として診断を下すのである。
勿論患者の身体のみでは適確なる診断を下し得難いからであらう。私は思ふ、本当に進歩した医学でありとすれば患者の肉体を診査しただけで病原は判るべきである。然るに本療法の診断に於ては十人の治療士の診断は同一であり、又現在患者の肉体診査のみにて適確なる診断を下し得るのである。

 そうして真の医術とは如何(いか)なるものであるかを述べてみよう。
先づ施療の場合(いささ)かも患者に苦痛を与へない事、(むし)ろ快感をさへ伴ふ程でなくてはならない。
又治癒までの期間が速かなる事を条件とし、何年経るも再発しない事、又発病以前よりも健康を増進する事等の諸条件が可能でなくてはならないのであって、斯かる医術こそ進歩せるものといふべきである。

 然るに現在医学の現実をみるがいい。
前述の如き条件とは(およ)そ反対である。即ち診断の不正確、注射や手術による痛苦、長期間を要する療養、余病や再発の危険、手術に()る不具等によってみてもその価値は知らるるであらう。

 左の記事は、医博国島貴八郎氏著「結核と人生」中より抜萃(ばっすい)したるものである。
 「我々が医学を学ぶ一番最初に教はる言葉は“病気は自然に治る”といふことである。赤ん坊の時から自然によって生れでる力、自然に身体に生じて来る力に依ってのみ病気は治るのである。といふ、生物はじまって七十万年の昔からの真理を教はるのが、医学の第一時間目である。
 今日の腸チフス、肺炎の辿る経過も、五十年前、百年前の医学の発達しなかった時代も少しも変らないのであって、どんな博士が診ようが、藪医者が診ようが、金持のチフスも貧乏人のチフスも同じく四週間はかかるのである。若し病気が医者と薬だけで治るものならば、百年前に四週間かかったものならば、今日に於ては三週間なり二週間で治るといふことになるべきであるが、依然としてチフスは四週間かかるのである。また急性肺炎の場合も同様で、百年前のものも現代のものも一週間かかるのである。
 薬の効く時間ではなくて、チフスなり肺炎なり黴菌に侵かされると、自然にそれに抵抗する力が湧き上って、それ等の毒素を薄めて遂にそれを克服し、組織を復旧するのに要する時間なのであるから、百年前も今も変りはないのである。

 以上の例によってみても医学が進歩せりといふのは、一種の錯覚心理に由るのであると共に非科学なりと断じても異議は(さしはさ)めないであらう。